気づき、断酒。

お酒のない生活で気づいたこと、それ以外のこと。

抑圧の悲しみ

AC心理からくるものに対して突発的に必死になる傾向があり考え込んでしまいました。

しかし辿り着いたものに関しては愛情の抑圧からの抜け落ちに変わらないと思っています。

 

記憶を辿ってみると父だけでなく母もまた何か抱えていたようにも思えます。

でもそれは昨日書いたように自分が憎む対象ではありません。

心理カウンセリングを受ける過程で気づいています。

憎むべきはこの連鎖。

それを断ち切るために必要なことに気づいていくことが自分自身を一番楽にする方法です。

 

アルコールなどで埋めようとしていたのはそこに何があったのか全くわからなくなっていた愛情の穴だと思います。

解決の根はここにあり最大の難所になりそうです。

愛情という形が自身の中にほとんど形成されていない。

 

今日実際愛情ってどう感じるものだろうと考えてみました。

、、、わからないんです。

愛情を受けてもそれが愛情とわかっていないんですね。

「愛の鞭」という言葉がありますがこの心理では「愛」がうまく理解できず、慣れた「鞭」だけを解釈してしまうようです。

でも愛情というものの存在は潜在的にわかっていて求め続けているんです。

対人恐怖ですが愛情飢餓でもある矛盾した心理はここから出てくるのですね。

 

昨日の記事を書いた後愛情をしっかり受け感じることができなかった子供の自分がとても可愛そうになり涙が出てきました。

絶対的な存在である親にすごく求めていたはずです。

でも歯をくしばって耐えている記憶ばかり。

そして今もなお愛の感じ方すらわからなくなりながらも求め続けていたことにも悲しくなりました。

結局愛情というものがわからない自分にも。

この悲しみなどの感情を今はちゃんと感じてあげることにします。

この感情が糸口になる予感がします。

 

急がば回れ

昨日のドライブ中ふと出てきたことわざでとてもしっくりきました。

簡単にたどり着こうとする道では大切なことを見落としてしまうかもしれません。

今はただ気づくことから湧いてきた感情に涙するだけもいいです。

自分を愛してくれる人がいます。

全く心の中に無いわけではないと思います。

愛情の欠片は必ずあると思います。 

 

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