気づき、断酒

てれんこてれんこ、お酒のない生活。

かけがえのない歪み

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音楽とあまり縁の無い家だった。

それに加え抑圧のある家だった。

中学生までおとなしい存在を貫いた。

高校生で友人が変わりロックを知る。

当時既にX-JAPANと名乗っていたバンド。

刺激的で聴き漁った。

いつしかドラムの教則本を手にした。

8ビートの手足の動き。

意外と入りやすかった。

自分の足や家の叩ける物で練習した。

その頃同級生がドラムを探していた。

自分がドラムを始めた話は広がる。

友人づてにその同級生と知り合いバンドを始めた。

親には事後報告。

反対、否定されるのは目に見えてる。

抑圧してくる父に初めて大きな反抗をした。

 

初めてのスタジオ。

初めての生ドラム。

流行りのJ-ROCKのコピーバンド

GIGS、バンやろ。

文化祭はガッツリ音響の体育館。

極度の緊張。

集まる視線。

ライブ後の自分の存在感。

世界が変わる。

高校2年生のことだった。

 

自分が叩き自分を見られる。

叩くことをバンドで必要とされる。

自分は叩きこの世に出現した。

と、思い込んだ。

 

音楽が好きという気持ちより、

自分の存在価値を感じること。

大きかったのはこっちだっと思う。

 

卒業後はオリジナルバンドを組み、

社会人になっても続けた。

仕事でも存在価値は感じることができた。

しかしこの特別な世界。

この特別に身を置く。

存在意義が強くなる。

師に出会いプロを目指した。

社会を離れた。

 

必死に食らいついた。

与えられたステップを必死にこなした。

音楽の好き嫌い関係なく聴いた。

結果を認められる為に。

次第に何のためにやっているのかわからなくなる。

 

音楽が好きか?と聞かれた。

好きだと自分と相手に嘘をついた。

実は苦しかった。

プライベートで音楽が楽しく聴けなくなっていた。

音のない時間が好きになっていた。

しかしこの世界での存在に囚われていた。

離れたら自分は何のために生きているのかわからなくなる。

それが怖かった。

音楽を聴かない奏者。

奏者とは言えないか。 

中身の無い音楽なので限界がくる。

家庭を持った時期に合わせ少し離れた。

 

サルサガムテープというバンド。

ヘルプからのメンバー加入。

勤務の隙間で活動した。

バンドの特性上ライフワークになりつつあった。

素直に叩く時間もあった。

笑顔も生まれた。

しかし聴けない、好きになりきれない。

やはり必死に囚われてしまった。

 

必要とされること。

特別になること。

そこに存在価値を感じる。

根の深い承認欲求

好きだと思い込んだ。

好きだと演じた。

自分に嘘をつき練習をした。

このバンドはそれ以外に得られることがあった。

プロの世界との繋がり。

大きな達成感。

しかし音楽への葛藤が常にあった。

 

東日本大震災を境に心身を崩しバンドから離れた。

疲れ果てていた。

当分何もやるまいと思った。

開放されるはずだった。

しかしそこにあるのは不安。

何もしない不安。

必要のない自責感。

満たされない承認欲求

 

そんな中声をかけてくれる人がいた。

嬉しくて飛びついた。

やはりモチベーションの違いに圧倒される。

しかし作り上げた承認欲求は満たされる。

また必死になる。

 

写真のバンドのライブを終え和歌山に移住した。

歪んだ音楽活動だったが仲間は確実にできた。

かけがえのない出会いもあった。

うつ状態を経た今でも繋がっている。

そこに音楽があってもなくても。

 

移住後叩くことは今までなかった。

和歌山でまた活動する手段もある。

だが根本的な問題は、

「自分は現在音楽が人並みかそれ以下くらいしか好きではないということ」

音楽活動は人生において大きな起点となり、

かけがえのない経験になった。

高校生の時出会ってなかったらもっと抑圧した人生だったかもしれない。

悩み苦しみながらも得るものは大きかった。

 

音楽に刺激を受けドラムを初めて触ってから20年。

囚われ好きになることができなくなった音楽。

好きになったはずの音楽で抑圧していた。

音楽に関われない不安を感じる。

「ずっと無意識に抑えつけていたけど、もう抑えつけなくていい」

自身の依存症と共に得た気づき。

自身による自身への抑圧。

 

昨年末リスナーとして久々にワクワクできたこともある。

須磨寺奉納祭での演奏。

復活したX-JAPANの日本ツアー参戦。

坂東玉三郎さんが打楽器の可能性を大きく広げ続ける和太鼓集団鼓童

観て聴くだけでただただ嬉しさを感じる久々の体験。

何かが変わり始めている。

 

今人生の整理を考えることが多い。

最低限のモノで向かい直す。

手放す勇気も必要なのかもしれない。

 

この20年の多大なる感謝を込めて。

自分自身の音楽活動というもの。

具体的なことはしていなくても心のどこかで囚われてるもの。

一旦完全に手放し感じるままに感じてみてはどうだろうか。

様々な想いが詰まり歪み溢れているこの器を。

 

音楽っていいよねぇ〜って素直に言えるようになりたい。

 

 

写真:2014年初夏 横浜某スタジオにて

 

素面で考える休日。