気づき、断酒

てれんこてれんこ、お酒のない生活。

拭えない抵抗感

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依存症には度合いというものがあるんだろうか?

医療機関等に繋がるまでのこと。

自分と同じ依存者の方の話ではそうではなかった。

耐えかねた家族が…というパターン。

もちろん様々な家庭環境や変化がある。

人それぞれ。

 

飲酒欲求

再飲酒の恐れ。

どれも自分には当てはまらないものばかり。

人それぞれ。

 

酒場やスーパーのお酒コーナー。

どちらも平常心でいられる。

割り切って境界線を引く。

人それぞれ。

 

しかし飲酒時の状態。

酩酊後の状態。

二日酔いの後のこと。

節酒不可能なこと。

アルコール依存者に共通。

 

医学的に重い軽いはあるのかもしれない。

しかしそれ以上に多種多様。

依存者の数だけ依存症がある。

依存者の数だけ回復の手段がある。

ツイッターで見たヒント。

 

人それぞれ。

素晴らしい手段がある。

何年も断てた。

しかし飲んだら一緒。

 

お酒を飲まなくていい心。

お酒を必要としない心。

お酒がない方がいいと思う心。

 

時代は変化する。

自助会が今でも存在する理由がちゃんとあるはず。

しかし様々な可能性を考えたい。

必ずしも古くからあるやり方が最善とも限らない。

新しいものがいいとも限らない。

この時代を生きる自身に合った方法。

いいところを取ればいいと思う。

このブログに文章を起こす作業だってそう。

 

次の瞬間飲んでしまう可能性は全員にある。

それなら。

お酒のない生活を充実して送り続けられるなら何でもいい。

多種多様でありたい。

 

なぜそんなことを考えたか。

今日ふと思い出した。

断酒のツイッターを始めた頃。

リプライごとに自助会を強要された。

考えると答えたあとも続いた。

しばらくしてまたあった。

ずっと上から目線。

長く断って自助会に繋がっていたら偉いのか?

それが自助会へ行く人の第一印象。

そんな人がいるなら行きたくない。

 

全員がそうでないことはわかっている。

しかし抵抗感は拭えない。

現状が自助会へ行かず良方へ向かっている限り。

 

ぼやかさず書いてみる。

難しい話。 

 

 

写真:2015年8月 白崎海洋公園

 

本日もお酒のない生活を。